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素敵なひとの素敵な生き方

人生ではよいこと悪いこと、いろいろなことが起こりますが、それらすべてを自分の糧にし、元気に生きていく女性も少なくありません。大木麻梨子さんは、妻であり母であり、そして日本舞踊の師範としてお稽古に励みながら、リンパ浮腫を解消するリンパエクササイズを開発するなど、八面六臂のご活躍をされています。そのパワーがどこから湧いてくるのか、大木さんの人生をなぞり、楽しく生きるヒントを聞いてみました。

大木麻梨子さんプロフィール
藤間秀曄 藤間流日本舞踊家、藤間流師範


東京都出身。日本舞踊協会々員。
多摩美術大学多摩芸術学園演劇科卒業後、東宝現代劇を経て、時代劇~ミュージカルまで幅広く芝居に参加。古典舞踊からコンテンポラリーな分野の作品の発表等も行っている。現在、義父・藤間秀嘉に師事、国立劇場「藤葉会」において「蝶の道行」「お染」「千代の友鶴」他を踊り、平成13年日本舞踊協会主催「新春舞踊大会」にて奨励賞を受賞
平成15年 舞踊作家協会公演にて「残身」を出品。
「藤間秀曄舞踊稽古所」を主宰し、主に俳優たちへの稽古を展開。門下生に治田敦(太平洋序曲、エリザベート)、片岡礼子(「バッシュ」2002ブルーリボン主演女優賞)、吉村実子(1964ブルーリボン助演女優賞)、徳光由香(声優)など。他の門下生もNHK大河ドラマ、スーパー歌舞伎、明治座、新宿コマ劇場、新橋演舞場などで活躍している。
また、がんの術後のリハビリエクササイズ指導を目的とする「リンパ浮腫対策委員会」という患者会を立ち上げ、患者さん向けのリンパエクササイズの教室も開いています。
http://www.geocities.jp/marnyacise/



「着物を着て踊る」というDNAの囁きに導かれたかのような子供時代


亡くなった父は音楽や踊りが好きな人で、学校職員としての勤めるかたたわら、郷土芸能や古典芸能を教えていました。小道具使いがうまい父の踊りを見ているのがとても好きでした。自宅の踊りの稽古場を週に二日、近所の藤間流の先生にお貸しし、5歳年上の姉はその先生にお稽古をつけていただいていました。2歳の時お稽古を見ていた私に、先生が「まりちゃんもお稽古する?」と聞いてくださり、踊ると「よくできました」とおっしゃってくださいました。これが私の舞踊人生の始まりでした。
お稽古で私はいつも最年少、いわゆる「おみそ」だったので、厳しくされもせず、のびのび踊っていました。特に踊りが好きだったわけでもなく、真剣でもありませんでした。ところが、中学生のある時期、真剣に水泳選手になりたいと思った時期があるのですが、踊りの先生に「肩幅が広くなると、着物が似合わなくなるわね」と言われ、なぜか不思議とあっさり水泳選手になる夢は捨てました。また劇団四季の養成所に入ろうかと思った時は、「あそこに行ったら着物を着れないわね」と言われ、これもやめました。どうやら自分の中に「着物を着て踊る」というDNAがあって、その声に従っているかのような不思議な気持ちでした。
中学生の頃、姉が宝塚ファンになり、月に1回か2回、宝塚観劇にでかけるようになりました。今は宝塚で振付の先生である尚すみれさんが、当時はまだ脇役ながら舞台の端でキビキビと踊っているのを見て、なんて格好いいんだろうと思いました。そのうちに舞台全体の総合芸術に強く惹かれ、舞台人になりたいと思うようになりました。自分自身の幅出しをするため、基礎稽古としてモダンダンスやクラシックバレエ、歌などを習い始め、大学は多摩美に進み、照明、衣装なども含め、舞台というものの全体を、座学と実技の両面から学びました。


ルイジ*との出会い、踊りへの強い情熱に打たれる


高校生の頃、ある雑誌に「ルイジ・オーディション・・レオタード、シューズ持参で」という、小さな応募記事が欄外に載っていました。「ルイジ」が人なのか、何なのか何もわからずに受験し、奇跡的にオーディションに「合格」しました。ニューヨークから「奇跡のダンス王 来日公演」の事前レッスンで、彼は「エニー クエスチョン?」と参加者に聞きましたが、誰も質問をしませんでした。私は本当にわからなくて、ひとりだけ手を上げていました。するとルイジは1対1で、とても丁寧な指導をして下さいました。「日本人は、私のプログラムをどれだけ理解しているつもりなんだ!質問したのはマリコだけだ!!」と、ルイジはかんかんに怒っていたようです。「公演中マリコはルイジのご用を聞き、私たちの間に入ってほしいの。彼のところに行けるのはマリコだけなのよ。」制作の方にそのように言われ、公演中彼の身の回りのことをお手伝いすることになりました。しばらくご機嫌はよくなく、彼とそのお弟子さんの楽屋にいけたのは確かに私だけでした。片方の目が義眼だったり、過去に大事故の経験をした方には思えない姿から感じるのは、「肉体の中から湧き上がる命の温度」です。舞台に真摯で、踊る人の全てに深い愛を与える生き方は若い自分に大きく影響を与えてくれました。純粋なルイジと、彼を支えるお弟子さんとの師弟愛にも、「人に尽くす」ことのすばらしさを深く感じました。
彼の「Never Stop Moving~決して動きを止めるな」というメッセージは、事故後の生活からリハビリを続け、強くしなやかなルイジの肉体と精神を築き上げた彼の体験に基づく教えです。感銘を受けた出会いでした。

*注)ルイジ・ファチュート(1925~):ジャズダンサーとして、ブロードウェイ・ダンサーを育てる傍ら、ライザ・ミネリ、バーバラ・ストライザンドなどの映画スターを指導。1946年、交通事故により半身不随となるが必死のリハビリにより奇跡のカムバックを遂げた。現在のジャズダンスの基礎とも言える「ルイジ・テクニック」を確立。身体に負担をかけないエクササイズとしても知られており、リハビリする過程で身体のコントロールを徹底的に追及したルイジがジャズダンサーとして生きてきた証である。


義父の芸の高さに圧倒される毎日


結婚して義父になった人が、偶然にも自分が尊敬する藤間流の師範でした。義父からは本当にたくさんのことを学びました。義父は「舞踊家・藤間秀嘉」を確立しており、それがぶれることはありません。誰がどんな親切心で何を言おうと、舞踊家としての義父は自分の意志を貫く強さを持っています。「No」と言える強さを持っている。義父の踊りにかける情熱は半端なものではなく、凄まじい舞踊家人生を乗り越えてきたことが、藤間秀嘉を作ったと思いますが、稽古をつけてもらうたび、義父の芸の高さとそのオーラに圧倒され、そして「格好いい!」と思います。その格好良さに引っ張られて、自分も今、舞台に立てているのだと思います。毎日熱心に稽古をつけていただき本当に有難く、そしてそんな尊敬する義父の望むことをかなえてあげたいと思った時、ルイジと弟子の師弟愛を理解できた気がしました。そんな義父と、8/25に国立大劇場で一緒に踊ることができるのは、無類の喜びです。


つらい時、迷った時は、人生を台本に置き換えてみる


舞台を見ると「何故こうなっているのだろう?」、素敵な人を見ると「何故この人は素敵なんだろう?」と思います。おそらく物事の神髄を知りたい、という好奇心があるのだと思います。そして神髄を知るために分析を行います。例えば病気になって落ち込んでいるのに治療について決定しなければいけない時、「自分は何がいやなのか?」「何故不安なのか?」など質問してゆき、自らの深層心理をつまびらかにしていきます。治療方法に関しても、メリットとデメリットを分析していきます。また物事は大きな枠組みから考える癖があります。物事を三次元の空間と捉え、どの座標が答なのかを、分析し絞り込んで探していきます。
これらのプロセスは、さしずめ一冊の台本を作っていく作業に似ています。重要な決定をするときには、どこがクライマックスか、どんな設定が必要で、だれのどんなセリフが欠けているのか、と考えて、自分がどうやったら納得できるのかを模索します。病気の時には「治療するまでの麻梨子さん」という台本が出来上がりました(笑)。

つらい時に自分と向き合い、自分自身と周りの環境を分析して答を引き出してきた経験は、自分が何者なのかということを教えてくれました。自分の価値観を知り、拠り所がどこなのかが見えてきたと思います。


美しく豊かに生活する秘訣


「ありがとうございます」の気持ちをいつも大事にしています。感謝されて悪い気になる人はいないので、常に周りの皆さんに感謝の気持ちを表すようにしています。これまで踊りや病院の先生方や友人達から、たくさんの助けや心のこもったお言葉などをいただきました。そのひとつひとつを大切に胸に置いています。

趣味
観劇、他のジャンルの舞踊を見ること
特に世界中の民族舞踊が大好き ポーランドや東欧州の踊りは大好き

好きなTV
「世界の車窓から」 「サラリーマンNEO」 「ファン・ジニ」

好きな人
テノール歌手の佐野成宏氏、俳優の石川禅さん
ウィーン・フィルの亡き指揮者 カール・ベーム氏


地方の盆踊りめぐり 世界の民族舞踊をもう一度学びたい、
ご先祖のやっていた医療の世界を見てみたい、
15世紀を覗いてみたい(無理だけど・・)

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