瀧澤憲先生の『「子宮がん」と言われたら...』あとがき



2013年2月、瀧澤憲先生が『「子宮がん」と言われたら...』(保険同人社)を書き上げました。ヒルルでは著作紹介する前に、瀧澤憲先生が、それぞれ12時間かけて健筆をふるった「まえがき」と「あとがき」を掲載します。 

著作の内容、瀧澤憲先生の長年の臨床経験の葛藤、患者さん、この本にたいする想い、お人柄などすべてが凝縮された文章です。 原文のまま、どうぞ。 (「あとがき」からの掲載は私の判断です ヒルル編集長) 




婦人科のがん患者さんの一人ひとりについて、特に進行がんで紆余曲折を経てターミナルケアを迎える患者さんを思い起こすと、皆それぞれにドラマが満載で教えられることが多いです。 

天上から地底に伸びる「希望」のカスケード(滝のようなもの)を大きく登ったり、小さく下ったりの連続の中で、一喜一憂します。難しい手術を上手く乗り越えたお顔、再発後のセカンドライン化学療法で元気を取り戻したお顔は、本当に嬉しそうで、私自身も元気づけられ、勇気をもらえます。 

患者さんには、なるべく真実を伝えたいと考えて婦人科がん診療に取り組んできましたが、それがほぼ実行できたのは後年の20年です。真実を知ること、その上で現実を乗り越えることは普通の患者さんにはつら過ぎるのではないか、マイルドに変換して説明することで闘病意欲を強める方がベターだと考えていたのです。

しかし、婦人科がんの治療は、この40年を振り返ると随分進歩し、成績も良くなりました。そして、進歩した治療方法は必ずしも心身に優しい治療とはいえず、それ自体が負担をともなうため、患者さんと医師は情報をわかち合って、前向きに決定しなければならないのです。 

真実を告げながら、適切な治療方針を決定するのは、「希望」のカスケードが下降するに伴い難しくなります。患者さんの希望する治療を実施することは、私の目からは不適切と思われることが多くなります。私は「同情」と「共感」を区別しながら話すことが大切であると感じます。

「同情」では、「私ならこうするという自己中心的な意図が表出されやすく、患者さんのつらく苦しい気持ちに寄り添えない」ことがあります。「共感」では、「患者さんが何を望んでいるかを意識し、その希望をかなえたいと努めると、患者さんも心を開く」ことが多くなります。患者さんは目の前の選択肢が少ないと、不利益が多い治療を希望することがありますが、「共感」しながら、「(残された時間のうちで)患者さんのやりたいことをするために」いま選択すべきは何かという視点から話し合うと適切な選択ができます。 

「真実を話すこと」「共感して話すこと」をしながら、つらい治療を反復していると、当初は「どうせ助からないのだから」と投げやりな言葉を口にしていた患者さんも、次第に脱皮して、不幸にしてターミナルを迎えても聖女のような微笑みを見せてくれる方が多くなります。

がんが早期に見つかって完治する患者さんも多くなりましたが、治療前には普通に持っていた機能を失わざるを得ません。時に、厄介な後遺症とともに生活していかねばならないこともあります。そのような患者さんに、

私の好きな言葉「Durch Leiden Freude <苦悩を越えて歓喜に至れ> 聴力を失っても作曲を続け、タクトを振ったベートーベンの言葉」と、

ナチスの強制収容所から生還し、『夜と霧 − ドイツ強制収容所の体験記』を著した ヴィクトール・エミール・フランクル の「あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに対する希望を捨てない。人は誰でも、固有の生きる意義、意味を持っているのだから」

を贈ります。

 2013年  1月
 瀧澤 憲

『「子宮がん」と言われたら...』 まえがき は、>>>こちら 

瀧澤憲先生(がん研有明病院婦人科顧問)瀧澤  憲 (たきざわ  けん)先生
婦人科腫瘍専門医
公益財団法人がん研究会 がん研有明病院 婦人科顧問
詳しくは、>先生紹介