もっと【子宮頸がん】を知ってほしい! 命のバトン をつなぐために | 河村裕美さん

ティール&ホワイトリボンプロジェクト理事長 河村 裕美さんのインタビュー記事を紹介します。
2010sm_01.gif ティール&ホワイトリボンプロジェクト理事長
河村 裕美 さん

静岡県出身。静岡県庁勤務。1999 年に結婚。1週間後に子宮頸がんを宣告され、手術を受ける。闘病の経験から患者会を立ち上げるなど、積極 的に女性特有のがん患者のサポートおよび予防 運動に取り組むようになる。現在は、全国的な子宮頸がん啓発運動の「ティール&ホワイトリボンプロジェクト」の理事長として活躍している。
結婚してすぐに、子どもを産みたいと産婦人科を訪れた河村さん。
しかし、子宮頸がんであることがわかり、手術へ。
そして退院後は、後遺症と闘う日々......。
そんな自らの経験をもとに「子宮頸がんゼロにしたい」と啓発運動に取り組んでいる。

病気になるはずのない自分に突然の「がん」診断
河村裕美さんは、 32 歳で結婚した。その1週間後、近所の産婦人科で「子宮頸がん」と診断された。河村さんが病院を訪れたのは、夫から「これから子どもを産むんだから、一度病院に行っておいたら」とすすめられたからだった。確かに、日頃から生理が重いことが気になっていた。でも、元気で健康だと信じていたし、がんという病気 は、自分とは何の関係もないはずだった。

それがいきなり「がんです」と言われても、なかなか実感がわかない。
しかし、診断結果は子宮頸がんの1b期。子宮の全摘出が必要なうえに、卵巣とリンパ節も切除するという。がんが転移する前に、早めに手術を受けるように言われた。
子どもを産めなくなる。自分の子宮頸がんは、夫だけでなく夫の家族にも迷惑をかけるのだと思った。誰も巻き込みたくないから、夫に「離婚してください」と頼んだ。でも、夫も、夫の家族も「一緒に乗りこえよう」と言ってくれて、心底ほっとした。

同時に申し訳なかったし、怖かった。検査から3週間後、結婚してちょうど1ヶ月で手術を受けた。手術前に、後遺症などこれから起こりうる問題について医師から説明された。だが、実際の生活のなかでどのように後遺症と向き合っていけばより快適に暮らしていけるのか、具体的な部分は手探りで見つけていくことになった。
リンパ浮腫による足のむくみ突然の汗やイライラに悩む
リンパ浮腫は、代表的な後遺症の一つ。手術でリンパ節を切除するのは、がんの転移を防ぐため。リンパの流れを止めるから、リンパ浮腫になりやすい。河村さんも、放っておけばまともに歩けなくなるほど足がむくむようになった。

だからリンパマッサージを覚え、毎日お風呂で実行している。きちんとやれば30分かかる。日中もなるべくリンパを流すように足をさする。
治療用の弾性ストッキングも効果的だが、1足2万円程度と高価。特定医療費を利用しても、枚数が必要なうえ消耗品なので厄介だ。
リンパ浮腫外来で治療を受けることも有効な手段だ。だが、症状は一生変わらないのにリハビリとして扱われるので、保険適用は3ヶ月間のみとなっている。河村さんは、卵巣欠落症候群にも悩まされるようになった。卵巣を切除したために、更年期障害のような症状に襲われるようになったのだ。

突然、滝のような汗が流れ落ちるホットフラッシュや、飛蚊(ひぶん)症という、目の前を蚊のようなものが飛びまわって見える症状、そして自分でも抑えきれないようなイライラ――そんな状態が続けば、自分も家族も疲れきってしまう。いろいろと薬を試した結果、最近では女性ホルモンを体内に補充するためのパッチを使用している。パッチは2日に1度張り替える。これもまた手放せないアイテムとなった。
人に言いづらい後遺症と一生つきあうしかない現実
後遺症のなかには、人に話しづらいものもある。たとえば性交渉の問題。河村さんのような子宮全摘手術を受けると腟が短くなり、以前と同じような性交渉はできなくなる。

河村さんは手術前に医師にうながされ、夫とその点も話し合えた。しかし、パートナーに言えず、結婚はもちろん恋愛すらできなくなってしまう人もいるという。
また、職場復帰して最初に困ったのが、排尿障害だった。

子宮全摘手術の場合、膀胱の神経が傷つくことが多い。河村さんも、尿意がわからなくなってしまった。「トイレに行きたい」という感覚がないから、仕事をしているとすっかり忘れてしまう。すると、ふとお腹に力を入れた瞬間に、ドバッと出る。

今ではトイレに行く時間をはかってコントロールできるようになった。それでも、くしゃみした拍子に失敗することもある。尿パッドは欠かせない。
また排便障害も起きたため、下剤を飲むようになった。やはりトイレに行くのが手遅れにならないよう注意が必要で、最初のうちは大変だったという。
命のリレーをつなぐ社会の母親として生きる
現在の河村さんは、県庁の仕事を続けながら「ティール&ホワイトリボンプロジェクト」の理事長として、子宮頸がんの啓発運動に取り組んでいる。「子宮頸がんを経験するまで、自分は病気にならないと思っていた。傲慢だったと思う」と河村さんはいう。

子宮頸がんは、女性なら誰でもかかる可能性があるが、定期的な検診を受ければ、進行ゼロ期で発見が可能だ。また、昨年日本でも子宮頸がんを予防するワクチンが承認されている。こうしたことを広く知らせるのが河村さんたちの活動だ。

しかし、実際には日本の検診率は欧米に比べていまだにかなり低い。しかも検診を受ける人の多くが40代以上。「子宮頸がんによる死亡率が高いのは20.30代。若い女性みんなに検診を受けてほしい」と河村さんは呼びかけている。「私は自分の子どもはもう産めません。でも子宮頸がんによって命を落とす人や、子宮を失う人をなくしていくことによって、命のバトンをつなげていきたい」と河村さんはいう。「そうやって命をつなげていくことで、『社会的な母親』になれたらと思っています」。


2010sm_02.jpg 今年2月、モナコで開催された子宮頸がんに関する国際会議(EUROGIN 2010&2010WACC Forum)に出席。HPV 感染と子宮頸がんの関連性を指摘したハラルド・ツア・ハウゼン名誉教授(ドイツがん研究センター)と。